自分では子供の世話をしないで、他個体の繁殖努力に寄生する繁殖形態を育児寄生といいます。鳥類の場合、他の個体の巣に自分の卵を産み込むことから一般に托卵とも呼ばれています。托卵を行う鳥は数多くいるのですが(鳥類全体の数%の種が托卵を行う)、その中でもカッコウがもっともよく知られていると思います。自分よりもはるかに大きく成長したカッコウの雛を自分の子どもと信じ、せっせと餌を運ぶ里親の姿は皆さん写真で見たことがあると思います。
一般に、托卵は里親(ホストともいう)の繁殖価に悪影響を及ぼします。カッコウの場合、孵化したカッコウ雛はホストの卵や雛を巣外に放り出してしまうので、托卵を受け入れれば、ホストは全く自分の子孫を残せないことになります。
現在の進化生態学では、生物の様々な形質や行動は適応的に進化してきたと考えます。より多く子孫を残すような形質行動が淘汰されて現在の生物を形造っているという考えです。すると、巣内の怪しい卵を認識してこれを排除するような形質は、ホストにとって適応的であると思われます。プラスチックで作った模擬卵をホストの巣において、ホストの反応を調べる野外実験が行われていますが、これらの研究によると、予想通り、様々なホストが巣内の卵を認識してこれを排除する能力を持っていることがわかりました。しかし同時に、野外実験は思わぬ結果も明らかにしたのです。
最近のカッコウの托卵の研究
パラサイトの卵を認識して排除すれば、托卵の被害を回避できるのですが、すべてのホスト個体が怪しい卵を認識して排除してはいないのです。Davies and Brooke(1989a)は、カッコウに托卵されるホストの卵認識能力を調査しました(下図)。卵を排除する個体の割合はホスト集団ごとに異なっていますが、だいたい、0〜100%まで、連続的に分布することがわかりました。
直感的には、すべてのホスト集団が適応的に振る舞っているのなら、すべての個体が托卵拒否をすべきではないか、と思えるですが、中途半端な拒否率を示すホスト集団は何を考えているのでしょうか。また、我々はこの事実をどう解釈したらよいのでしょうか。不思議ですねぇ。
ホストの托卵対抗手段の進化のモデル
Davies and Brooke は中間的な拒否率を示すホストの存在を次のように説明しました。彼らの調査地のイギリスでは、カッコウの托卵率(ホスト巣が托卵される確率)はせいぜい数%で非常に低く、従ってホストに働く淘汰圧が弱いため、托卵拒否という形質はゆっくりではあるが徐々に集団中に拡がっているのだ、という解釈です。彼らは、托卵拒否行動が遺伝的に決まっていると仮定して、托卵拒否を引き起こす遺伝子がどのくらいの時間をかけて集団中に拡がるかを計算しています。
しかし、彼らの行った計算では、托卵率(淘汰圧)が終始一定であると仮定されています。少しよく考えると、初めパラサイトが托卵を始めたとき、ホストはほとんど托卵拒否をしないと考えられます。そして托卵拒否遺伝子がホスト集団に出現すれば、これは適応的に有利ですから次第に頻度を増していくでしょう。しかし、拒否遺伝子頻度が高くなり、ホストが托卵拒否を頻繁にするようになってしまえば、パラサイトはうまく繁殖できないことになります。これに伴い、托卵率も必然的に下がらざるを得ないと思うのです(私はそう思いますが皆さんはどうですか?)。もちろんこのパラサイトの繁殖成功率と托卵率の関係を野外実験で実証した研究例はないので、この考えが正しいかどうかもわからないのですが、思考実験として考えると、どうも Davies and Brooke がしたように托卵率を一定として考えるにはちょっと無理があるように思えます。
じゃあ、托卵率が変動しうる系で、托卵拒否遺伝子がどのように拡がっていくか、をきちんと調べようじゃないか、ということから私の托卵に関する一連の数理的研究が始まったわけです。私が大学院修士課程1年在籍時の夏(1990年)の時でした。研究は順調に進み、 托卵国際シンポジウム(1991年8月、軽井沢)で初めて托卵の数理モデルを発表し、以後、これを発展継続させた研究は現在まで続いています。
Reference
Davies and Brooke. 1989a. An experimental study of co-evolution between the cuckoo, Cuculus canorus, and its hosts. I. Host egg discrimination. Journal of Animal Ecology 58:207-224.
もう少し詳しく知りたい方へ
奈良女子大学オープンキャンパス(2000年8月4日)で展示した托卵研究の紹介のポスター(PDF形式)があります。オープンキャンパスは来春受験予定の学生を対象としたものなので、少しかみ砕いた内容になっていますが、興味のある方はこちらへどうぞ。
takasu@ics.nara-wu.ac.jp